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2017年9月18日

 

9月26日は国連が定めた「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」

神奈川県生活協同組合連合会
代表理事会長 當具 伸一

 

2013年9月26日に国連総会で、「核軍縮ハイレベル会合」が初めて開催されたことにちなんで、国連は9月26日を「核兵器の全面的廃絶のための国際デー」と定めました。核兵器が人類に及ぼす脅威と、核兵器廃絶の必要性の認識を高めることを目的とした記念日です。

 

9月26日といえば、もう一つのメモリアルデーです。

34年遡った1983年9月26日に起こった深刻な事件があります。 

時代はベルリンの壁が崩壊し冷戦が終結する前のこと。米ソの外交関係が非常に悪化している時期に発生しました。事件の3週間前にはソ連軍はソ連領空を侵犯したとして大韓航空007便を撃墜し、269名の乗員乗客全員が死亡させるという事件を起こしました。乗客にはローレンス・マクドナルド下院議員を含む多数の米国人も含まれていました。また米国とその同盟国は軍事演習「エイブル・アーチャー83」を実施している真最中で、KGBは西側に配置していた活動員には緊急通信で、「核戦争の勃発を想定して準備するよう」警告を発していた、そんな時代状況でした。

この日、ソ連の監視衛星により、米国からソ連に向けて飛来するミサイルを識別する早期警戒アラームが作動しました。もしそれに従ってソ連から核ミサイルが発射されていれば、アメリカも報復のためのミサイルを発射し、1983年9月26日は「人類最後の日」となった筈でした。そうはならなかったのは、当時のソビエト連邦の戦略ロケット軍所属で、その日の当直将校であったスタニスラフ・ペトロフ中佐が独断で「警報は誤報である」と判断したからとされています。彼の担当任務には、核攻撃に対する人工衛星による早期警戒網を監視し、ソ連への核ミサイル攻撃を認めた場合これを上官に通報することが含まれていました。そのような攻撃を受けた場合のソ連の対応は、即時反応により米国に対して核攻撃を行うことでした。

この事件は、ソ連防空軍ミサイル防衛部隊の元司令官ユーリ・ウォティンツェフ大将の回顧録が1998年に出版されて初めて公になったものです。

 

私たちは、このような危い時代も過ごしてきました。

従って一日も早く核兵器が廃絶されることは、全人類の願いです。そして唯一の戦争被爆国である日本が、核兵器廃絶のためにリーダーシップを果たすことは、最大・最高の世界貢献になります。

日本が核兵器廃絶に貢献することこそ、国際社会において「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」した日本として、「名誉ある地位を占め」ることとなると信ずるものです。

 

私たちは現在の高まる東北アジアの軍事的緊張を危惧します。北朝鮮の核実験と度重なる弾道ミサイル発射実験は、国際社会の平和と安定を脅かしています。北朝鮮の核兵器を弄び他国を威嚇する行動、戦争の危機を高める言動には強く抗議します。と同時に、北朝鮮に対する軍事的威嚇の挑発的強化やことさらに危機を煽る日・韓・米政府の態度にも憤りを覚えます。

必要とされているのは、朝鮮半島における休戦状態から平和条約の締結に向けた誠意ある対話の積み重ねであり、東北アジアの非核兵器地帯化です。

 

ヒバクシャ国際署名(ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名)の呼び掛けでは、「核兵器は、人類はもとより地球上に存在するすべての生命を断ち切り、環境を破壊し、地球を死の星にする悪魔の兵器です」と喝破しています。

核兵器は、意図的であれ、偶発的であれ、二度と使われてはならない兵器です。「核抑止」によって保たれるとされる「安全」は非常に脆弱なものです。まして核兵器を使用することは、それがいかなる結末をもたらすのかという事について、想像力を全く欠く行為です。キノコ雲の下で起きたことを伝えるヒバクシャの声に世界中の人々が耳を傾け、一日も早く核兵器の廃絶へと足並みを揃えることを、私たちは強く望みます。

 

この9月20日には、国連本部で核兵器禁止条約の調印式が行われます。50か国が批准した90日後には条約は発効します。世界の核兵器の廃絶の新たなスタートです。

ヒバクシャ国際署名は、すみやかな核兵器廃絶を願い、核兵器禁止条約をすべての国が結ぶことを求めています。

核兵器に依存する世界ではなく、核兵器のない平和な世界の実現をともに目指しましょう。

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