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2016年9月19日

ビキニ被災により久保山愛吉さんが亡くなって62年目の9月23日を迎えて

神奈川県生活協同組合連合会
会長理事 當具 伸一

 

1954年9月23日、この日は人類初の水爆実験の犠牲者、第五福竜丸の無線長・久保山愛吉さんが39歳で亡くなられた日です。1954年3月1日、日本から南東約3,500kmにあるマーシャル諸島ビキニ環礁において、キャッスル作戦と銘打った「ブラボー」水爆実験をアメリカが行いました。

第五福竜丸の乗組員たちは、爆心地ビキニ環礁の東方約160kmの海上(アメリカ軍が発表していた危険区域外)で操業しながら水爆実験を目撃し、死の灰を浴びました。

「原水爆の被害者は、私を最後にしてほしい」これが久保山愛吉さんの最後の言葉だったといいます。第五福竜丸の被ばくによって日本は、広島・長崎に加えて核兵器による3度目の被害を受けた被爆国となりました。

 

あれから62年目の秋を迎えました。昨年5月に開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議では、一部の核兵器保有国とその同盟国の反対により最終文書の採択には至りませんでした。しかし、世界の世論は確実に核兵器禁止の実現に向けて動いています。「核兵器の非人道性」を訴える多くの国の声を受け止め、昨年12月、国連内に核兵器禁止条約の具体化などを検討する「多国間核軍縮交渉を前進させるための公開作業部会」が設置され、この8月19日には、「核兵器禁止条約を議論する会議を2017年に開くよう国連総会に勧告することを支持する」との報告書が採択(残念ですが日本政府は採決を棄権)されました。

また、被爆した当事者が「最後に残された力をふり絞って取り組む」「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」が全世界に呼び掛けられ、その取り組みが始まっています。

 

平和な社会」を願うことは、日本の生協運動の原点です。

一人ひとりが人として大切にされ、いきいきとくらせること。それこそが私たちの望む平和です。私たちは自分や家族、くらす地域やこの日本、そして地球上のすべての人々がみんな笑顔でくらすことを願います。戦争や暴力のない平和な未来を望みます。

世界ではいまだ紛争は絶えず、多くの市民と子どもたちがその犠牲となっています。また、人類とは決して共存することのできない核兵器は、世界に1万5千発強も存在しています。 日本は、再び戦争の惨禍が起こることのないよう恒久平和を願い、現在の憲法を制定しました。私たちは、平和憲法を持つ唯一の戦争被爆国である日本の政府が、武力によらぬ平和外交を堅持し、世界で核兵器廃絶のために強いリーダーシップを発揮するよう強く求めるものです。

 

私たちは「戦争は二度と起こしてはならない」「1日も早く核兵器を廃絶する」「世界の子どもたちが平和に暮らせる社会を実現する」ことを強く願い、地域においては戦争と被爆の実相を次世代へと伝え、平和を考える様々な取り組みを引き続きすすめます。 戦争や被爆の惨禍を記憶し語り継ぐことこそ、次の世代への不戦・平和の世界をつなぐための確実な一歩となります。

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