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2011年12月23日 10時

東日本大震災対策ニュース <89号>

一人は万人のために、万人は一人のために

巨大地震そして大津波と未曾有の大災害で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 

東日本大震災について

警察庁、12月22日現在 被害状況と警察措置より(4月7日〜9月10日発生の地震被害を含む)

死者/12道都県1万5,843人

行方不明/6県3,469人(宮城県1,875人、岩手県1,371人、福島県219人)

負傷者/20道都県5,890人

検視を終えた死因の90.5%が水死。身元が確認者のうち65歳以上の高齢者が55.7%を占めています。

建物関係被害

建物全壊127,091戸、建物半壊230,896戸、建物全半焼281戸、床上浸水12,917戸、床下浸水13,952戸、一部破損652,951戸、非住家被害50,351戸。道路損壊3,889ヵ所、橋梁被害78ヵ所、山崖崩れ213ヵ所、堤防決壊45ヵ所、鉄軌道29ヵ所。

火災/12都県で287件発生。

2011年東日本大震災について 緊急災害対策本部資料より

余震の回数/最大震度6強が2回、6弱が2回、5強が8回、5弱が29回、4が161回。

我が家を離れて避難をされている方

内閣府発表(12月1日現在)で47都道府県1,207市区町村に332,691人。その内訳は、避難所(公民館・学校等)704人、旅館・ホテル494人、親族・知人宅17,238人、住宅等(公営・仮設・民間・病院含む)314,255人。神奈川県内には2,407人です。

仮設住宅

12月12日現在で52,120戸(岩手県13,984戸、宮城県22,042戸、福島県15,779戸、茨城県10戸、千葉県230戸、栃木県20戸、長野県55戸)が完成しています。

農林水産業への直接被害

農林水産省発表(8月1日現在)で、総額2兆2,673億円(水産関係1兆2,298億円、農業関係8,412億円、林野関係1,963億円)。

被害額の推計(内閣府防災担当が6月24日に発表)

総額約16兆9千億円(建物等約10兆4千億円、ライフライン施設約1兆3千億円、社会基盤施設約2兆2千億円、農林水産関係約1兆9千億円、その他約1兆1千億円)です。阪神・淡路大震災の被害額推計は、約9兆6千億円でした。

ボランティア活動の状況

11月21日現在の災害ボランティアセンターは、岩手県24ヶ所、宮城県11ヶ所、福島県31ヶ所、これまで災害ボランティアセンターの紹介によりボランティア活動をされた方は(11月30日現在)約809,800人、内訳は岩手県約311,400人、宮城県約423,900人、福島県約140,200人です。

 

神奈川の各生協は、全国の生協と連携を取りながら、長期に渡る被災地支援をすすめています。災害の前では1人では何も出来ないが、人との繋がりが何よりも支えになり力になる! 一人ひとりが 出来る事をみんなで 力を合わせて 大きな力に 悲しみを乗り越えて 一歩ずつ がんばろう!

◎ パルシステム連合会

被災地のまち輿しを応援します 
年賀寄付金を活用し被災地に車両8台を寄贈しました

パルシステム連合会は「年賀寄付金」を活用し、12月9日被災地の宮城県南三陸町に車両8台を寄贈しました。買い物にも行けない仮設住宅地の方たちへのサポートやまち興しに役立てます。

生活支援から生活環境支援へ

東日本大震災および東京電力福島第1原子力発電所の事故で被害を受けた地域の復興を支援するため、パルシステム連合会では発災当初から炊き出しや「震災復興基金」の創設、活用など、さまざまな支援活動を展開しています。 津波の被害にあった地域では、施設や車両が流されました。また、自宅から離れた地域への避難を余儀なくされているみなさんは、不慣れな地域のなかで経済的な自立を迫られている状況にあります。地域の生協やNPOでは、生活支援とともに生活環境を整える支援活動に取り組んでいます。

地域経済の活性化にも期待

パルシステム連合会は年賀寄付金を活用し、12月9日被災地の宮城県南三陸町に車両8台を寄贈しました。現在、56ヶ所にも小規模分散した仮設住宅団地は、多くは不便な高台などにあり、買い物に通うにも不便な「買い物難民街」となっています。

今回の車両提供は、来年1月に建設予定の「仮設商店街(南三陸復興名店商店街)」とこの「買い物難民街」とを結び、買い物支援や物資の輸送などに活用されます。さらにはここから新たな雇用を生み、地域経済の活性化へと繋がっていくことが期待されます。

仮設商店街の建設で賑わいを取り戻す

津波により壊滅状態になった南三陸町の平野部に、前述のとおり来年1月「仮設商店街(南三陸復興名店商店街)」が建設されます。入居予定は35店。テント村ではなく、1店当たりプレハブ数棟を組んだ本格店舗の街です。 

仮設商店街では「まずはにぎわいを取り戻そう」と、4月から復興のシンボルとなる市「福興市」を開催し続けています。車両提供は、南三陸志津川福興名店街運営組合の及川善祐組合長や実行委員会のみなさんが中心パとなりパルシステムの協力で実現しました。

年賀寄付金を活用しました

今回パルシステムが活用した「年賀寄付金」とは寄付金付き年賀葉書や切手で得た収入のことで、郵便事業株式会社が預かり、非常災害救助・青少年の健全育成・地球環境保全等まで対象事業を拡大しながら、総務大臣の認可を経て配分を行い、社会の発展に大きく貢献しているものです。

平成23年度年賀寄付金配分においては、「東日本大震災」の被害が甚大かつ広域に及ぶため、被災者救助の緊急性を踏まえて、同寄付金の一部を被災者救助にあてることとなり、緊急に再公募が実施されました。再公募に係る寄付金は、特に「東日本大震災」の発生による被災者の救助・支援を目的とする事業に配分され、被災者のために役立てられます。

 

 

◎ 神奈川県ユニセフ協会

気仙沼 復興屋台村気仙沼横丁「きずなの塔」が「祈りのツリー」に! 

津波によって店も暖簾も包丁すらも流された気仙沼の飲食店。被災から8ヶ月が経過した11月中旬、集合型仮設店舗として23の店舗がやっと開店にこぎつけました。活気ある港町の再生を賭けた“プレハブからの再出発”を地域の子どもたちとともに応援します。

神奈川県ユニセフ協会では12月2日〜4日まで、ボランティアバスツアーを実施して、イベント広場に建てられた“きずなの塔”(高さ約8m=気仙沼を襲った津波の浸水深に相当)をクリスマスバージョンに飾ってきました。3日は大雨でしたが、気仙沼市内小中学生21名にご参加いただき、創意工夫あふれるオーナメントができあがりました。これに神奈川のボランティアと全国の皆さまが製作したオーナメントを加えて、“きずなの塔”を飾りました。このツリーは12月25日まで展示、点灯されています。

オーナメントと“きずなの塔

          

 

◎ 宮内庁

天皇陛下お誕生日に際し

天皇陛下のご感想

先月マイコプラズマによる感染症を患い,入院を余儀なくされたことから,多くの人々に心配を掛けました。私の健康を気遣ってくれた人々の気持ちに対し,謝意を表します。退院から日もたち,皇太子に委任していた国事行為も再開することができるようになり,体調も今では発病前の状態と変わらないように感じています。今後とも健康に十分気を付けながら新年にかけての行事を務めていきたいと思っています。

3月11日に起こった東日本大震災は,今から88年前の大正12年,10万人以上の死者を出した関東大震災以来の大きな災害で,死者,行方不明者数は2万人近くに上りました。更に後日この地震に誘発された地震が長野県の栄村を始めとして各地で起こり,犠牲者が出たところもありました。家族や親しい人を亡くした人々の悲しみはいかばかりかと察しています。また住まいや生活の場を失った人々,原発の事故で住んでいた地域に住めなくなった人々のことが深く案じられます。震災発生以後,皇后と共に被災地や各地に設けられた被災者のための避難所を訪れ,被災者を見舞ってきましたが,これらの訪問を通して,被災者が様々な悲しみや苦しみを抱えつつも,決して取り乱すことなく,強い連帯感を持ち,互いに助け合って困難を乗り越えようとしていることが感じられ,そのことを非常に心強く思いました。また日本各地で,人々が被災者のために支援活動を始めたり,何らかの形でこれに携わろうとしていることも心強いことでした。

厳しい環境の下,我が身の危険も顧みず,専心救援活動に当たった自衛隊,警察,消防,海上保安庁を始めとする国や地方自治体関係者,また原発事故の対応に当たった,東京電力及びその関係者の献身的努力に深く感謝しています。

諸外国からも救援の人々が来日し,日本の救援活動を助けてくれました。また駐日外国大使等日本に住んでいる外国人を始め,災害発生後日本を訪れた多くの外国人も,被災地を訪れ被災者を励まされていることに感謝しています。震災に際して頂いた外国元首からのお見舞いの電報の多くに,自分たちは被災者と共にある,という言葉が添えられていたことが思い起こされます。

歴史を振り返ると,我が国は,今回の地震津波災害とほぼ同じ犠牲者数を記録した明治29年の「三陸地震」を始めとし,これまでにも幾度となく地震や津波による災害を蒙ってきました。しかし,時の経過と共に,次第にその記憶や認識が薄れてきてしまっていたように思います。私が津波の恐ろしさに接したのは,平成5年「北海道南西沖地震」のお見舞いに皇后と共に奥尻島を訪れたときのことです。島は地震と津波で大きな被害を受けており,200人以上の死者,行方不明者が生じていました。少しの地形の違いでも,津波の高さは場所によりかなり違うこと,自動車で逃げようとした人が渋滞で助からず,歩いて高台に上がった人が助かった等と聞いたことが記憶に残っています。記録には津波の高さは青苗の市街地で10メートルを超えた所があると書かれていますから,もしこの度の被災地域の人が,奥尻島の津波災害の状況を更につまびらかに知っていたならば,一刻も早く避難することにもっと力を注ぎ,より多くの人が助かっていたのではないかと残念に思われてなりません。この度の津波災害においても,避難訓練と津波教育が十分行われていたところほど被害者が少なかったと聞き,施設面の充実と共に,今後も避難訓練と津波教育が十分に行われ,災害に当たり少しでも多くの人が危険から守られるよう願っています。

私どもの住む日本は,四方に海を持ち,山や川も多く,風光に恵まれた島国です。一方,我が国はいくつものプレートが重なり合う所に位置し,地震が多く,火山や急峻な山川,日頃は人々に幸を与えてくれる海も,時に荒れ,多大な被害をもたらします。この厳しい現実を認識し,災害時における人々の悲しみを記憶から消すことなく,常に工夫と訓練を重ね,将来起こるべきことに備えていかなければならないと思います。

今,被災地には再び厳しい寒さが訪れようとしています。住環境が十分でない所に住む被災者,殊に高齢者の健康が心配です。寒い冬を皆が少しでも健康に過ごすことができるよう願っています。

今年は豪雨による災害も,7月には新潟県と福島県で,9月には和歌山県,奈良県他で起こりました。9月に和歌山県等で起こった台風12号による豪雨災害では,森林に覆われた斜面がえぐり取られる深層崩壊というこれまで耳にしたことのない恐ろしい現象が起こりました。こうした災害により100人以上の生命が失われたことは本当に残念なことでした。ただ注目したいのは,7月に新潟県を襲った豪雨災害では,7年前に同地域が受けた豪雨災害時の雨量より更に多くの降雨量があったにもかかわらず,前回に比べ犠牲者の数が少なかったことです。これは前回の災害を教訓として治水や住民の避難に対し,様々な対策が講じられた成果であり,防災に力を注ぐことがいかに生命を守ることになるかを教えてくれます。

水害はタイ王国でも起こりました。国王陛下は長らく御入院中で,この水害にお心を痛めていらっしゃることとお案じしています。タイの水害は日本の産業にも影響を与え,タイにおいて日系企業が行っていた操業が不能となり,生産に携わっていたタイ人の少なからぬ人数を日本に呼び,生産を再開することになりました。言葉や生活習慣の異なるタイ人が日本での生活をつつがなく過ごすことができるよう願っています。この度の日本における災害及びタイの水害は,改めて今日の世界が様々な国の人々と共に生きる社会であることを感じさせるものでした。

今年は先の戦争が始まって70年になります。この戦争における死者はおびただしい数に上り,戦後,こうした戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう,日本の人々は,真摯に過去を学びつつ,戦後の厳しい困難に耐え,営々と国づくりに励み,今日の日本を築き上げました。戦争の記憶が薄れようとしている今日,皆が日本がたどった歴史を繰り返し学び,平和に思いを致すことは極めて重要なことと思います。

振り返ると,今年は災害に明け暮れた心の重い年でした。しかし,被災地の人々が,厳しい避難生活の中で,我慢強く耐え,多くの人々がボランティアとして被災者を支援したことは本当に心強いことでした。日本人全体がこの震災に向き合い,被災者のために何かの役に立とうとしていることを感じています。本年もあと僅かになりました。新しい年も被災者に心を寄せつつ過ごしていきたいと思っています。来る年が少しでも良い年となるよう願っています。

東日本大震災関係では避難者・被災者をお見舞いのため3月から5月にかけ,7週連続でお出ましになり,避難所としては東京武道館(3/30)及び埼玉県加須市(4/8)を,また被災地としては千葉県旭市(4/14),茨城県北茨城市(4/22),宮城県(4/27),岩手県(5/6),福島県(5/11)をご訪問になり被災者をお見舞いになりました。その後,8月,9月にも都内及び千葉県東金市に出向かれ,被災者やその世話に当たる人々を労われました。この1年に公的に地方行幸啓先でご訪問になった市町村数は24市,5町,1村になります。

(宮内庁ホームページより)

 

 

 

 

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