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2011年9月6日 12時

東日本大震災対策ニュース <74号>

一人は万人のために、万人は一人のために

巨大地震そして大津波と未曾有の大災害で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 

発災から半年近くが経過しています。9月5日現在、警察庁のまとめによる地震(4月7日、11日、12日の地震被害を含む)被害者は、死者12道都県1万5,763人(宮城県9,440人、岩手県4,654人、福島県1,603人)、行方不明6県4,280人(宮城県2,285人、岩手県1,748人、福島県243人)、負傷者20道都県5,927人。

建物関係被害は、建物全壊115,803戸、建物半壊159,360戸、建物全半焼284戸、床上浸水11,610戸、床下浸水13,673戸、一部破損553,519戸、非住家被害46,478戸。道路損壊3,559ヵ所、橋梁被害77ヵ所、山崖崩れ197ヵ所、堤防決壊45ヵ所、鉄軌道29ヵ所。

我が家を離れて避難・転居をされている方は、内閣府発表(8月11日現在)で全ての都道府県に8万3,099人です。

農林水産業への直接被害は、農林水産省発表(8月1日現在)で、総額2兆2,673億円(水産関係1兆2,298億円、農業関係8,412億円、林野関係1,963億円)。

内閣府防災担当が6月24日に発表している東日本大震災における被害額の推計は、総額約16兆9千億円(建物等約10兆4千億円、ライフライン施設約1兆3千億円、社会基盤施設約2兆2千億円、農林水産関係約1兆9千億円、その他約1兆1千億円)です。阪神・淡路大震災の被害額推計は、約9兆6千億円でした。

神奈川の各生協は、全国の生協と連携を取りながら、長期に渡る被災地支援をすすめています。

 

災害の前では1人では何も出来ないが、人との繋がりが何よりも支えになり力になる!

一人ひとりが 出来る事をみんなで 力を合わせて 大きな力に 悲しみを乗り越えて 一歩ずつ がんばろう!

 

◎ 福島医療生協

福島医療生協のたたかい―震災と放射能汚染 福島医療生協 渡利支部 (comcom9月号から)

私たちは負けない

東日本大震災から3ヵ月余が経過した6月下旬。取材先は福島医療生協。豊かな緑が流れる東北新幹線の車窓。しかし、郡山を過ぎると、その緑の中に震災の爪 痕が。屋根にかけられたブルーシートがそれです。大きな揺れに瓦を振り落とされた屋根の修復がまだ終わっていなかったのです。大津波に襲われた沿岸地帯だけではなく、広範な内陸部もまだその傷跡が癒えていませんでした。さらに震災と連動して引き起こされた福島第一原発の事故によって拡散した放射性物質。その「見えない恐怖」とのたたかいも続いていました。

「私たちは負けません。住民の健康を守り、安心してくらせるまちをつくる…、まさに今が医療福祉生協の真価を問われる時だと思っています」

取材先で最初に聞いた言葉です。

職員を突き動かしたもの

3月11日。午後2時46分。福島医療生協・わたり病院のある市街地も激しく揺れました。病院スタッフは大混乱の中で入院患者さんたちの安全確認を急ぎ、 その一方で病院機能の回復を図るために懸命の努力をしていました。そこへ未曾有の大津波、原発事故、放射能の拡散という危機的な情報が次々と飛び込んできたのです。職員は病院に泊まり込み、まさに寝食を忘れて緊急事態と向き合いました。そして、何日かが過ぎた時のこと。津波に襲われた沿岸部から避難してきた母子が救いを求めてやってきました。その息子は強烈なショックを受けたために飲食もできず、衰弱しきっていました。顔の表情もまったくといっていいほどありませんでした。診察を終えた後、試みに温かいインスタント味噌汁を提供しました。

その時のことを、看護師の菅野弘子さんが語ります。

「おいしそうに飲んだんです。表情が戻ったんです。そして、『おかわり!』っていったんです。温かなものが、冷たくなった心と体をほぐしたんだと思いました。その時、避難所にいる人たちのことが浮かびました」

避難所の医療支援に出かけているスタッフからの情報が気になっていたのです「被災者には、冷たく冷えきったおにぎり、のどを通りそうもないパンが1日に1回手渡されているだけだ」

立ちあがった組合員

「温かいお味噌汁ですよ どうぞ〜」「ありがたい… ほっとするね」

この炊き出し支援が19日間にわたって続けられた菅野さんは仲間の職員に呼びかけ、さっそく行動を開始しました。

「せめて、1日。いや連休の間だけでも避難所に温かい味噌汁を…」

この行動に感銘を受け、即座に参加を決めた組合員がいます。副理事長の西元幸子さんです。福島市で食生活改善推進員という仕事もしている西元さんがいいます。「職員のみなさんは、ガソリンがないから通えないということで泊まり込み。コンビニもスーパーも機能していなかったから買い物もできず、自分たちの食べるものもない。そういう中で、業務をこなしながら、医療福祉生協らしいことをしたいって立ち上がったんです。私は、感動しました。いっしょに行動しようと迷わず決めました。そしたら、渡利支部のみなさんが立ち上がってくれたんです。中央支部やもちづり支部のみなさんもいっしょに…。うれしかったです。普段の つながりが、こういう時、大きな力に変わる。これこそ医療福祉生協だって思いました」

医療福祉生協は人をつくる

福島県立東高等学校に設営された避難所には280人ほどのみなさんが避難していました。3月とはいえ、厳寒の体育館。暖房、食事、トイレ、プライバ シー…。何もかもが不十分な生活。追い詰められ、日一日と元気を喪失せざるを得ない厳しい状況…。そこに届けられた、つくりたての味噌汁。「温かさ」が笑 顔をつくりました。子どもたちの「おかわり!」という元気をつくりました。前出の看護師・菅野さんがいいます。

「職員には病院がありますから、連休明けの3月21日までしか支援できないということがはっきりしていました。でも、一度、避難所のみなさんの笑顔に触れてしまうとやめるにやめられない…。悩みました。迷いました。その時、西元さんや支部の組合員が、『あとは私たちが引き継ぐよ』っていってくれたんです」職員と連動して動きだしていた西元さんたちは、またたく間に組合員パワーを結集し、1日10人から12人程度の支援態勢を構築していたのです。

渡利支部の支部長、上川芳枝さんがいいます。

「私たちも被災者で大変だったけど、もっと大変な人たちがいる。だから、できることはやろう。…そんな感じでみんなが集まってくれました。医療福祉生協ってすごいなと思いました。何がすごいって? 

普段の活動が、そういう『人づくり』につながっているということ、それがすごいんですよ」

「ありがとう」をいいたい

県立東高校・避難所での炊き出し支援。桜の蕾がふくらみ始める4月5日までの19日間、つづけられました。西元幸子リーダーのもと、経験豊かな女性組合員 (ベテラン主婦)たちが、あり合わせの材料を工夫してつくった昼食は、あたたかな「出会い、ふれあい、支えあい」の物語をたくさん生みだしました。「食べたいものがあったら遠慮しないでいってください。なんとか希望に添えるように努力してみますから…」というひと言に、「ありがとう」と涙を流す被災者の方 もいました。本当に困った時、誰かが寄り添ってくれる…。それが、どれほどの安心につながるかを証明した瞬間でした。炊き出し支援は「学びの時」でもあっ たのです。西元さんがいいます。

「私たちの支援活動は全国の医療福祉生協から寄せられた支援物資や農民運動全国連合会(農民連)の協力があったからできたのです。震災直後、間髪をいれず 送られてきた支援物資。全国の医療福祉生協や仲間はつながっている。その糸が、あれほどはっきりと見えたことはありません。私たちの炊き出し支援を喜んで くれた被災者のみなさん、その支援を支えてくれた全国の医療福祉生協のみなさん、農民連のみなさんに心から感謝したいです。ありがとうといいたいです」

ふれあいお茶会

「次回もまたやっぺない(やりましょう)」お茶会に集まるみなさんが楽しみにしている「手づくり紙芝居」。作・演者も参加者です

6月27日。わたり病院の隣にある民家「組合員ルーム」で、渡利支部が主催する「ふれあいお茶会」が開かれていました。地域の高齢者がたくさん集まって、歌を歌ったり、紙芝居を見たり、体操をしたり、食事をしたり…。楽しいひと時を過ごしていました。副支部長の佐藤絹子さんがいいます。

「震災も原発事故もまだまだ現在進行形。こんな時だからこそ、『つながる』ことを、より一層大事にしていきたいですね」

「組合員ルーム」の庭には雑草が生い茂っていました。副支部長の大和健雄さんがいいます。

「放射線量が高くてね。草刈りしようにもできないんですよ」まだまだ予断を許さない「たたかい」が続きます。

 

<福島医療生協>

設立年月日:1982年5月8日組合員数:2万8,574人出資金:8億1,797万9,000円支部・班数:21支部、140班事業所:病院1、医科診療所2、通所リハ2、介護関連4

<渡利支部>

設立年月日:1970年組合員数:2,694人班数:14班運営委員数:16人

※2011年3月31日現在

 

◎ たきがしら・希望ネットワーク

たきがしら・希望ネットワーク)は、9・19に向けたアクションウィークの一環として、9月13日に講演会を開催することになりました。ぜひ、ご参加ください。

なお、当日は会場の都合で開場時間と開演時間が15分しかありません。混雑を避けるために、事前に参加者リストを作成したいので、メール(メールを送れない人のみFAX)で以下のように、参加申し込みをお願いします。

参加申し込みは「9・13参加希望」を明記の上、@お名前、Aご住所B電話/Fax/E-mail(Bはいずれかひとつで結構です)をE-mail:takigashira.net@gmail.com またはFAX(045-353-9998)でお知らせください。

たきがしら・希望ネットワークとは?

たきがしら・希望ネットワーク(たっきネット)は3月20日に結成されました。

最初の呼びかけは、3月19日、2003年から毎月開催されている「地方自治」勉強会のメンバーへ向けたもので、翌日、地域から東日本大震災・原発震災のことに取り組んでいこうという志を同じくする女性7人(江藤昌美・遠野はるひ・中島まり英・長塚妙子・錦織順子・樋口淳子・山鹿順子)が集まり、たっきネットを作りました。7人は、教科書・憲法・米軍基地・マスコミ問題・暮らしの省エネ・農業・横浜開国博(Y150)・労働問題・国際連帯税など地域での様々な課題に取り組んできた市民です。メンバーの中にはチェルノブイリ、日本の脱原発の運動に関わっていた人たちもいます。私たちは、この未曾有の大震災・原発震災に何かしたいと思い手探りで活動をスタートしました。

たっきネットの最初の活動は、3月21日、雨のなか、横浜市磯子区滝頭にある「環境科学研究所」と「たきがしら会館」を訪れることでした。「環境科学研究所」は横浜市で唯一のモニタリングポストで放射線量を測定しています。「たきがしら会館」は横浜市が運営する避難所で、3月19日に開設されました。この日、2ヶ所の現場を見たメンバーは、行政による放射線測定や被災者受け入れに疑問を抱き、モニタリングをはじめました。

同時に、福島の被災者の方々と連絡をとりはじめ、被災地への支援物資の送付、三陸わかめの購入、また、被災地や神奈川でのボランティア活動に参加するなど、それぞれが活動を重ね、会議やMLで情報を共有してきました。7人からスタートしたコアメンバーに、鈴木江郎・千村和司・中西綾子・平田智子・八巻みさ子が加わり、毎週、集まりを持つ密度の濃い活動が展開されました。1ヵ月の間にMLに加入するメンバーも50人近く増えました。

5月2日、「たっきネット」は「6・11脱原発100万人アクション」の呼びかけに応え、神奈川でもパレードをおこないたいと、神奈川県民に呼びかけをし、5月9日に「6・11脱原発100万人アクション神奈川」実行委員会が結成され、私たちは事務局の一端を担うことになりました。

私たちが目指しているもの

「地域からの脱原発」「コミュニティの再生」「暮らしの省エネとエネルギーシフト」「子どもを被爆から守ること」「被災地・神奈川におけるネットワーク作り」

 

食べて応援しよう 食べて応援しよう

 

 

◎全国大学生活協同組合連合会

大学生協ボランティアセンター  

夏季ボランティア第11ターム 活動報告・参加者の感想 (学生委員会情報News号外21号)

学生委員会情報NEWS 東日本大震災 号外21号 pdf 856KB 

 

全国大学生活協同組合連合会の活動は、http://www.univcoop.or.jp/新しいウインドウが開きます をご参照ください。

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