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2011年8月17日 12時

東日本大震災対策ニュース <69号>

一人は万人のために、万人は一人のために

巨大地震そして大津波と未曾有の大災害で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 

発災から5ヵ月超経過。8月16日現在、警察庁のまとめによる地震(4月7日、11日、12日の地震被害を含む)被害者は、死者12道都県1万5,700人(宮城県9,397人、岩手県4,634人、福島県1,603人)、行方不明6県4,659人(宮城県2,373人、岩手県2,033人、福島県249人)、負傷者20道都県5,717人。

建物関係被害は、建物全壊113,765戸、建物半壊149,382戸、建物全半焼284戸、床上浸水11,533戸、床下浸水13,415戸、一部破損529,635戸、非住家被害45,504戸。道路損壊3,559ヵ所、橋梁被害77ヵ所、山崖崩れ197ヵ所、堤防決壊45ヵ所、鉄軌道29ヵ所。

我が家を離れて避難・転居をされている方は、内閣府発表(7月28日現在)で8万7,063人です。

農林水産業への直接被害は、農林水産省発表(8月1日現在)で、総額2兆2,673億円(水産関係1兆2,298億円、農業関係8,412億円、林野関係1,963億円)。

内閣府防災担当が6月24日に発表している東日本大震災における被害額の推計は、総額約16兆9千億円(建物等約10兆4千億円、ライフライン施設約1兆3千億円、社会基盤施設約2兆2千億円、農林水産関係約1兆9千億円、その他約1兆1千億円)です。阪神・淡路大震災の被害額推計は、約9兆6千億円でした。

この5ヵ月間で自衛隊は延べ約1,059万7千人に上る陸海空隊員が、行方不明者や被災者の生活支援に従事。警察官の派遣は延べ42万6,500人、消防関係では44都道府県の緊急消防隊の延べ約10万4千人が被災地に入り、浸水した家屋などから5,064人を救出。海上保安庁は延べ6,984隻の巡視艦艇、2,388機の航空機を投入。米軍の「トモダチ作戦」では最大約1万6千人が投入され、救助や仙台空港の復旧などに当たりました。

 神奈川の各生協は、全国の生協と連携を取りながら、長期に渡る被災地支援をすすめています。

 

災害の前では1人では何も出来ないが、人との繋がりが何よりも支えになり力になる!

一人ひとりが 出来る事をみんなで 力を合わせて 大きな力に 悲しみを乗り越えて 一歩ずつ がんばろう!

 

◎ 全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)

特別報告 東日本大震災

3月11日の東日本大震災は未曾有の被害をもたらし、大学生の死亡も45名(5月10日現在)に至っています。大学生協では、発生当日の炊き出しや食料品の提供を手始めに、被災地や被災者の復興に向け、さまざまな支援活動を行ってきました。

今回は、この間の約2ヵ月間における支援活動の概要を報告し、また、今後の重点となるとりくみをお知らせします。

◇ 救援募金を様々な創意工夫で

全国大学生協連では、3月11日に震災対策本部を立ち上げ、翌週月曜日の14日より、「被災者救援募金」を提起しました。その直後より、多くの大学生協で募金活動が始まりました。

ほとんどの本が落下(東北学院大学生協)

店舗や食堂で募金箱を設置することをベースに、生協の出資金返還での募金の訴え、駅頭での募金活動、保護者説明会や新入生ガイダンスなどでの訴えなど様々に取り組まれました。食堂のメニューや商品を通じて募金をすすめた事業連合や会員生協も目立ちました。

このような活動の成果として、5月20日現在、全国大学生協連の義援金口座には、143大学生協より2,359万9,433円の募金が寄せられ、個人の方やお取引先からの振込みを合わせると3,268万359円もの募金が寄せられています。

駅頭で連日募金を集めた埼玉大生協では、百万円を超える募金を集めました。また、出資金返還時に募金の訴えを行なった大学生協も多く、5千円・1万円といった金額を募金した卒業生もいました。

なお、今回の震災に当たっての募金活動では、大学と共同してすすめる生協が多くなってきています。大学生協連による5月20日の調査では、9会員生協が大学と共にすすめ、生協としては350万3,254円を集めています。この分を合わせると、大学生協では合計3,618万3,613円の募金を集めたこととなります。

◇ 生命共済などでの保障

大学生協の共済では、地震や津波における被害でも「生命共済」は共済金支払いの対象となります。また、大学生協が取り扱っている保険の内、「学生賠償責任保険」では学生ご本人が亡くなられた場合は保障の対象となり、「学業継続費用保険」でも、扶養者が入院または自宅療養し、5日以上就業不能となった場合は保障の対象となります。

大学生協連及び共済連では、被災された学生や保護者にこのことを知っていただき、少しでも安心していただくために、いち早くポスターも作成し、会員での告知を呼びかけました。また、ホームページへのアップや報道関係者へのリリースを行ないました。

それらの結果、5月13日現在で事故受付が65件となりました。その内訳では、ケガでの申請は12件に留まっていますが、反面、本人死亡8件、扶養者死亡28件、父死亡3件、母死亡18件、合わせて死亡の合計件数が57件にも及んでいます。

遺族の方たちのいたたまれない気持ちを、すぐに埋め合わせることは難しいでしょうが、共済金の支払いが少しでも前を向く力添えになることを願うばかりです。特に扶養者事故死亡による毎月10万円の共済金により、1人でも多くの学生が、学業を継続できるようになることを願います。

なお、学生賠償責任保険では、本人死亡で8件、水濡れで14件を保障しました。

◇ 「父母等を亡くされた学生へのお見舞金」のとりくみ
荷崩れした大学生協で販売予定であった新生活用品

ご父母等を亡くされた方たちが今後も、ぜひ学業を継続していただきたい≠ニ願う全国150万人の大学生協組合員の気持ちをカタチにした「父母等を亡くされた学生・院生へのお見舞金」は、4月初旬より受付を開始し、現在(5月13日)までに43名の方におくることができました。約半数は東北地方の大学の学生ですが、神奈川大学でも3名いるなど全国の大学に及んでいます。

お見舞金の金額は3万円で決して大きな金額ではないですが、「感謝の気持ちでいっぱいです。これからの人生で恩返しをしたいです。私の場合がこのタイミングだっただけで、誰もが通る道だと思います。後悔しないように、常に親や身内を大切に思い、孝行してほしいです」などの声も寄せられ、ご本人への励ましにつながっているようです。

「震災でご父母等を亡くされた学生へのお見舞い金」を受けとっていただいた方からのメッセージ

大学院2年 男子

父の勤務先の病院が、20mを超える津波の直撃を受け、父を亡くしました。安否が分かるまで、言いようのない辛さを経験しました。父は、最後まで患者さんと見舞いに訪れていた方々を避難させようと必死だったということです。悲しい春です。皆様有難うございました。

大学院1年 女子

被災者支援にご協力いただいた学生組合員の皆さん、本当に有難うございました。

私は今回の津波で母を亡くしました。つい最近、火葬と葬儀を無事済ませる事ができました。母に代わって祖母の介護の手伝いをしに、地元と大学を行き来しようと考えています。沿岸部はテレビ等で、復旧作業が進んでいる、支援物資が足りていると報道されていますが、メディアが入れないような場所ではまだまだ支援が行き届かない状況です。幸いに、私の帰省先は津波の被害を受けずに済みました。しかし、住み慣れた町は跡形もなく、今までの生活も一変してしまいました。大学の生活と被災地の現状との差があまりに大き過ぎて、今も夢の中にいるような感覚です。母が亡くなってしばらく茫然としましたが、いつまでも悲嘆に暮れていては、母の供養にならないと思い、これから自分が何をしていくか考え始めたところです。

このお見舞金は、介護の手伝いや地元に向かう交通費に使いたいと考えています。皆さんの心遣い、本当にありがとうございました。助かります!

◇心と体のケア「健康相談ダイヤル」



健康相談ダイヤルの告知がされました


被災によって、体調を崩し、心に傷を負った学生やそのご家族の方たちの苦痛を少しでも和らげるために、4月11日より「被災された学生のための健康相談ダイヤル」を、ダイヤル・サービス株式会社様の協力も得て、実施してきました。

NHKテレビのテロップで繰り返し紹介され、朝日新聞の全国版でも頻繁に告知されたことなどもあって、5月8日までの約1カ月でちょうど100件の相談がありました。

その内の3分の2はメンタル面での相談で、「気力がわかず集中できない。勉強する気もわかない」と一方的に不安な気持ちを訴えたり、福島原発への恐怖について途切れなく不安を語ったり、不眠と自殺念慮を訴えるなど、震災での精神的なショックが深刻であることが伺えます。これらの相談に当たって、相談員の方たちは、傾聴し、「無理にどうにかしようとせず、時間をかけて整理していく」などをアドバイスしています。

なお、共済連の通常の「共済サポートダイヤル」にも、被災された方たちから保障や手続きについての問い合わせや依頼が、連日2〜3件届いています。

◇ 復興支援ボランティアに200名を超える参加

避難所では中学生と一緒に炊き出しも行ないました

ボランティア活動の参加者同士のグループ交流

震災から約1カ月後より被災地の復興支援に向けたボランティアの募集を開始し、4月18日から5月8日にかけて受け入れを行ないました。4泊5日で1ターム50人定員とし、全5ターム実施しました。この間の学生の参加は42会員生協より209名となり、特にゴールデンウィーク中は定員を超え70名以上の参加となりました。

活動内容は、宮城県ボランティアセンターからの依頼を受け、宮城県七ヶ浜町や東松島市を中心に、ボランティアセンターや避難所での支援や、一般家庭や道路の泥出し、家財の整理などを行ないました。

今回のボランティア活動では単に支援の作業だけに終わらせず、参加した学生の成長も位置づけ、宿泊場所となった天竜閣(仙台市青葉区)では、活動終了後の夜に、毎日グループ交流や報告会を行ない、ボランティア体験での気付きや被災地でのニーズの把握、あるいは活動上の反省点などを集約しました。

参加した学生たちは、被災地の現場と被災者の方を目の前にし、マスコミ等からの報道では伺い知れない現実を知り、悩み、問題を感じたりしながらも、大きな体験として成長の糧にしたようです。

◇ 被災地の生協への支援

今回の震災では、幸いにも大学生協への甚大な被害は、人的にも施設的にも免れました。しかし、震災当日からの物資やガソリンの不足、電気などのインフラの遮断、卒業式や入学試験の中止、新学期の開講のずれ込みなどにより、生協の運営や経営に大きな影響を与えています。

このような状況を鑑み、現地の要望に応え、大学生協連が中継ぎをし、全国から東北の大学生協へ人的支援の派遣を行ないました。

主には、共済給付やお見舞金支給の促進、ずれ込んだ共済加入の支援、教科書販売を中心とした書籍への支援などを目的に、4月中旬より開始し5月20日前後まで続けられました。各大学生協も新学期の最盛期であったにも拘らず、派遣された生協職員は、延べ230名に及びました。

生協連からの呼びかけに応え、「コープふくしま」への支援に、3月28日から4月10日まで6人(1週間ごとに各3人)の派遣がなされました。

◇ 高校への辞書の送付などの活動

陸前高田市の高田高校は地震と津波に襲われ、校舎も大きな被害に遭いましたが、同時に生徒の勉学用品の多くも失いました。そのようなおりに岩手大学の教員より辞書の送付の要請が生協にあり、岩手大学生協よりその旨の訴えがありました。この訴えに応え、京滋・奈良ブロックの各大学生協では、組合員に呼びかけ電子辞書を含め1,387冊もの辞書と参考書を集め、高田高校に届けました。このとりくみは、440冊をおくった中京大学生協をはじめ名古屋大学生協、愛教大学生協などの東海ブロックでも行なわれました。

このほか、「父母等を亡くされたり自宅が全壊した学生への住まい支援」や甲南大学と共同で7千冊のノートを高校におくった甲南大学生協のとりくみ、被災地へ13万膳の割り箸をおくった樹恩ネットワークのとりくみなど、多岐にわたる活動が進められました。

 

生協ボランティア経験者の手記

一人ひとりが踏ん張る復興地で現地の方の想いに触れる

東京大学3年 久保諒太

継承されるノウハウ

ボランティア参加者の寄せ書き

今回の地震は普段忘れがちな自然の脅威を浮き彫りにするとともに、人間の強さも明らかにしました。私も現地のお手伝いをしたいと強く感じる一方、かえって迷惑になるのではとジレンマに陥っていたところ、大学生協ボランティアの募集が目に留まり、迷わず応募しました。

生協ボランティアは第1から第5までのタームに分かれ、引き継ぎを繰り返しながら継続的に派遣されます。この形態での派遣はあるべきボランティアの形のように思われました。日々蓄積される個々人のノウハウを団体として継承することで、効率的かつ長期的視野に立った活動が可能になるからです。 

各ターム内では、さまざまな班が別々の仕事を担います。現地で必要な復興作業は、多岐にわたるからです。

私は主に、支援物資配布のお手伝いをしました。物流は回復しつつあるものの、現地で求められている物はたくさんありました。私が体感したのは、現状や復興の困難さよりも現地の方々の想いです。下着であったり、衛生用品であったり、靴であったりという、物への想いを介してそれが察せられました。

そんな中、特に靴の配布を通して、それを求める現地の方々が見ている方向は三つあると感じました。一つ目は過去に向き合わねばならないということ。お葬式に出席されるための黒い靴。二つ目は現状に立ち向かうということ。作業用の長靴。最後に将来へ目を向けるということ。お子さんの学校用上履き。

ボランティアセンターの活動案内にタオルを添えて被災された方に配ります

ボランティアが不要になる日まで

私たちボランティアの最終目標はボランティアが不要になることです。

「相手の気持ちになる」ことが一方的偽善になってはなりません。私たちはあくまでお手伝いをさせていただく身で、単なる自己満足と隣り合わせのボランティアでは限界があります。現地の方々が特別なことをして過去や現在に立ち向かうのではなく、日常の中で将来に希望を持てるように、私たちは活動をしていくべきだと思っています。

労働力としての私たちの貢献は微々たるものにすぎず、そこに付随する、現地の方々への元気のお裾分けや気持ちの面での影響こそが大切なのかもしれません。

「1万人」「1億円」「1km2」という一括りの言葉に隠れて、ともすれば被災者・被災地という言葉を安易に使ってしまいがちです。しかし現地にいるのは今日も踏ん張る一人ひとりであり、そこは復興地です。総和として見過ごしてはならない想いにあふれています。

最近よく見かける「頑張ろう、○○」のスローガン、私は好きです。その主語は単数ではなく、無責任で一方的な応援でもなく。

 

東松島でのボランティア 自分の目で見て、考え、動いた5日間

東京外国語大学4年 新倉あずさ

私は第5タームで参加した。正直5日間で何ができるのか、邪魔にはならないだろうか、という不安を抱えていたが、第4タームまでの作業を引き継ぐという形であったため、精神的にも落ち着いて作業に入ることができた。

作業でついた泥を落としています

活動から見えてきたこと

活動したのは東松島の、家の中に津波が1〜2m押し寄せた地域であった。初日は、ボランティアセンターに指定された家の泥出し作業を、5人班で行った。既に震災後2カ月近く経っていたが、津波により押し寄せられたヘドロは未だ湿っており、異臭がした。家具を一つずつ運びだし、床上や床下から泥を剥ぎ、再び住める状態まで、すべてをきれいにするという途方もない作業を、家の方々は毎日少しずつ進めていると伺った。その作業がいかに体に負担がかかるものかということを、私たちはたった1日で痛感した。

一定の泥出し作業完了の際に、お礼の言葉とともに、「繰り返し来てほしい」という言葉を頂戴した。ボランティアは長期的に必要だと痛感させられた。

翌日は、地区のボランティアのニーズの有無を調査した。決められた区域の家を一軒一軒訪ねて回ると、作業が完了している家とまだ手つかずの家があることが見えてきた。「もっと早く来てくれれば」、「ボランティアにできることは自分でやった」といった言葉を頂くことも多かった。

この事態にどう関わるか

集合してそれぞれの活動場所へ(大曲地区コミュニティセンター前にて)

2カ月という時間の中で、確実に前に進んでいると感じると同時に、ボランティアにできることの限界にぶち当たり、無力だとも感じた。というのは、大工さんに床板を剥がしていただかないと、床下の泥出しをすることはできないのだ。また、側溝は行政の管轄であるため、ボランティアには手が出せない。

そんな中、ボランティアセンターの存在を知らない何軒かのお宅に、その存在と役割を伝えることができた。また、親族を亡くされ、ご自身も家の片付けに追われていたご夫婦のお宅では、「若い人と話すと力になる」という言葉を頂くこともできた。無論、東北弁は難しく、お話のすべてを理解はできなかったが、次第に心の距離が縮まっていくのを感じられた。

現地の方の精神的な負担は、家が片付いても残る。固定電話やインターネットが使えない地域もまだある。自分の目で東松島を見て、考え動いたことは、自分がこの事態にどう関わっていけるかと考える上で、大変貴重な機会となった。このような機会をつくってくださった大学生協の方々には、心から感謝申し上げたい。

全国大学生活協同組合連合会の詳細は、http://www.univcoop.or.jp/新しいウインドウが開きます をご参照ください。

 

 

食べて応援しよう 食べて応援しよう

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