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2011年4月1日 10時

東日本大震災対策ニュース <18号>

一人は万人のために、万人は一人のために

巨大地震そして大津波と未曾有の大災害で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 

3月31日21時現在、警察庁のまとめによる地震被害は、死者:1万1,532人、行方不明:1万6,441人、負傷者:2,873人、建物全壊17,862戸、建物半壊8,414戸、建物流出2,165戸、建物全半焼97戸、床上浸水2,738戸、床下浸水1,351戸、一部破損123,571戸、非住家被害3,708戸です。

また、道路損壊2,126ヵ所、橋梁被害56ヵ所、山崖崩れ136ヵ所、堤防決壊4ヵ所、鉄軌道26ヵ所となっています。

寒さのなかで避難所での窮乏生活を余儀なくされている方々は、17都県で17万2,472人。うち宮城が555ヵ所7万3,281人、福島が327ヵ所2万9,762人、岩手が372ヵ所4万3,272人、新潟県が68ヵ所7,035人、群馬県53ヵ所3,174人、埼玉県48ヵ所3,288人、山形県52ヵ所2,580人です。神奈川県には47ヵ所の避難所に、福島県からの519人の避難が報告されています。

神奈川県内の震災による死者は4人、負傷者は127人、建物被害は8戸です。

神奈川の各生協は、困難な状況のなかでも全力で通常事業継続に務めるとともに、全国の生協と連携を取りながら、現地支援派遣・物資輸送・支援募金の呼びかけなど、長期に渡る被災地支援をすすめています。

災害の前では1人では何も出来ないが、人との繋がりが何よりも支えになり力になる!

 

◎ 店頭供給で頑張る、コープふくしま笹谷店

福島市内でも被害の大きかった笹谷店。震災の際に、天井が半分落ちてくるという大きな被害を受け、復旧工事が急ピッチで進んでいます。販売は、震災直後から店頭で行っています。野菜や魚などの生鮮食品をはじめ、牛乳や納豆、パン類、日用雑貨など様々な商品が整然と並び、スタッフも慣れた手さばきで電卓をたたき、精算を行っていました。

「当初は、試行錯誤でしたが、今では、皆、慣れたもの。私が指示を出さなくても、あっという間に陳列が終わり、心強いですよ」と、店長の大橋一徳さん。

復旧までには1ヶ月半程度必要とのことですが、4月1日からはレジも再開される予定です。

 

◎ 産直生産者からゆで卵の贈り物 みやぎ生協 

みやぎ生協には全国の生協や交流のある団体から支援物資が届き、職員やパート、メンバーさんを勇気づけています。

元気にゆでたまご

3月30日、産直活動を通じて30年以上も交流の続くJAみやぎ仙南の生産者らから、「職員やパートのみなさんで食べてほしい」とみやぎ生協にゆで卵1,100パックが贈呈されました。  

ゆで卵は、JAみやぎ仙南の産直豚生産協議会・産直食鳥部会・蔵王産直卵生産協議会・平飼卵生産部会、角田丸森産直牛乳生産部会、(株)加工連、(株)カクベイフーズが産直の「平飼卵」を自ら購入し、加工したものです。

この日、みやぎ生協の本部を訪れた(株)加工連の皆さんらは「調理せず簡単に食べられるように、茹でました」と話し、みやぎ生協理事長、専務に『元気にゆでたまご』と名づけたゆで卵のパックを渡しました。 生産者も産直の豚や鶏のエサが十分でないなど、厳しい状況であることに変わりはありません。ラベルにプリントされた“頑張るぞ産直”の文字に、ともに復興を遂げようとする思いが凝縮しているようでした。

 

◎ 生活クラブ生協

生活クラブ生協の消費財の生産者に岩手県・重茂漁業協同組合があります。生活クラブ生協岩手の熊谷理事長からの現地報告が、生活クラブ生協・神奈川のホームページに掲載されておりました。

ぜひにと思い紹介させて頂きます。

大津波が三陸海岸を襲ったとき生活クラブのだれもが心配した生産者の一つ=重茂漁業協同組合。宮古湾から太平洋に突き出たような重茂半島は、あの大津波から生き残れたのか?誰もが不安にかられました。その様子は第9報でもお伝えしましたが、今回は、初期の段階から連日のように提携生産者や被災地を走り回っていらっしゃる熊谷理事長から報告をいただきました。3月28日に支援物資を重茂に届けたときの報告です。

生活クラブ生協岩手・理事長 熊谷由紀

「重茂の住民は重茂にとどめる」―全組合員雇用で人口流出をふせぐ 

 

重茂は漁協として凄い決断をしました。何と漁協の組合員全員を臨時雇用し、最低金額であったとしても、その生活費を支える決断です。今回の震災でほとんどの漁協が壊滅的な被害を受け、それは企業も同じです。「従業員解雇」―これは冷たい言葉に感じますが、失業保険を受給できるためのやむない処置で、ほとんどの事業所がこの路線です。高橋徳治商店もこの決断を迫られています。高橋英雄社長としては解雇しないで頑張りたい気持ちは強いのですが、何も生産活動をしないでも、会社として社会保険料などの公的な負担までしなくてはならないからです。そんな工場や社屋が壊滅的な打撃を受けたいま、会社としてその負担にはとても耐えられません。

そんな状況のなかで重茂の決断は凄い。凄すぎる。それは漁民である重茂漁協の組合員が漁にも出られず、ほとんど失業にあるから雇用し、重茂から離れさせない、一人として離脱者を出さない決断です。いま三陸一帯の地域では、港や生産施設が復旧するまでは出稼ぎに出るという話が、当たり前に出てきています。その一方で重茂だけは、「住民総がかりで重茂を守ろう。みんなが助け合わないとこの苦難は乗り切れない。誰も得や損がないよう、平等に持っている資産で食いつなごう!!」 こんな決断です。これは凄い。

鮭の孵化場の近くにあった「協同の力で理想の重茂をつくろう」という看板は津波で跡形もなく流されました。でも、看板は流されても、その心は生き続け更に強くなった事を感じます。生活クラブが果たしてこれほどの決断をできるのか?? 自分に問いかけるだけです。

生産活動の第一歩を踏み出した

被災からまだ一カ月未満。何と、生産活動を再開させる計画と準備が始まりました。その手始めが「天然ワカメ」です。天然のワカメはあの巨大なエネルギーにも負けず、たくましく生き続けているそうです。皮肉にも普段よりも高い品質になっているそうです。津波の影響で。 

 ただこれには乗り越えなくてはいけない壁が。900艘のサッパ船(小さな漁船)が全て流されました。重茂にはサッパ船がありません。これを全国から集める手配が始まりました。船さえ手に入ればそこは慣れたもの。もしかすると重茂の「天然ワカメ」が共同購入にのるかもしれません。 

そして巨大なクレーン船をいち早く重茂は押さえました。時間が経てばこのクレーン船は取り合いになります。何しろ少ない台数なので。これで定置網の基礎を整備し、天然ワカメに次いで定置網漁を開始したい考えです。できれば秋サバの9月頃、遅くとも秋鮭の11月頃を目指すと言ってます。幸いにも重茂の定置網漁は1月から4月まで休漁しています。つまり何億円もする網は健在との事。基礎を修復すれば定置網はできます。ただ、定置で揚がった魚は宮古市場に出荷していました。ここの再開など多分目処が立たないでしょう。どこか他まで長距離を運ぶ覚悟だと思いました。定置網1基は3億円ぐらいかかると聞いてます。そのうち基礎がどれほどかはわかりませんが、多分、借金してでもこれを早く回復し、長い年月をかけて返す。こんな考えだと感じました。

津波被害を受けた重茂漁港の施設 

次には太平洋のど真ん中に設置する「養殖のワカメ、昆布」施設の復旧です。何十トンもするテトラポットのような基礎を数多く置き、そこにロープを張ってワカメと昆布を定植します。基礎さえできれば再開は難しくはないのでしょうが、その基礎づくりが困難だと思います。昨年のチリ津波で三陸の養殖施設は大きな被害を受けました。これらは波が穏やかな湾の施設です。基礎が脆弱だから流されました。その時重茂のワカメ施設はビクともしませんでした。被害ゼロです。

その当時、伊藤組合長いわく「重茂の施設は他所と比べると何十倍もの施設費を使っている。あの程度の津波なんて大丈夫だ!!」と。

でも、さすがに強固な施設も今回は負けたようです。基礎を探して一つひとつ置きなおすのか、それとも新しいものを設置するかまではわかりませんが、これを早急に行い、秋の(11月頃)にはワカメと昆布の定植(野菜と同じでロープに植えます)を一部であっても行いたい。こんな構想です。

震災前の重茂漁港

もし、それができたら来年の1月には一部の単協でもご存知の「早採りワカメ」が実現するのではないでしょうか。生産量などの関係で、生活クラブに回ってくるかは本当に未定ですが、4年続けた岩手の取り組みを中断したくない想いが膨らみました。そして3月には私たちの「肉厚ワカメ」の収穫です。それをボイルし塩蔵し、茎などを抜いてあの荷姿になります。今年のワカメは収穫途中でやられましたが、来年には生産再開第一号が私たちの手元に届くかもしれません。嬉しいかぎりです。

 

◎ 医療生協かながわ 現地支援レポート

『民医連の職員として誇りに思います』 3月22日から現地入りした鈴木さんの報告

3/22から4日間支援に行ってきました。

全国の仲間と…
(右端が鈴木さん)

病院の対策室の前の壁にはたくさんの張り紙が貼ってあり、被害状況や連絡事項がたくさんありました。なかには「○○診療所 職員○○ 遺体で発見」といったものまでありました。そのような状況の中でも坂総合病院の職員たちは、泊り込みで一生懸命働いていました。次から次へと来る支援者たちの仕事の振り分けも大変そうでした。翌日の作業表を夜中の2時頃に作るということを聞いたときは驚きました。

私は物資担当になったのでひたすら支援で届けられた物資を運んでいました。そこで感じたのは、被災地で必要としている物資の支援もただ送ればいいのではないことがわかりました。人気だったのはカップラーメン類でした。また、時間の経過によってもニーズが変わるようで、最初は食料品が必要とされ、それから衣類など生活用品に需要が傾くようでした。

24日の水曜日からは医師・看護師・理学療法士・事務といったようにチームを作って避難所訪問をしました。避難所では血圧をはかったり、お年寄りに声をかけたりしました。支援者の中には、涙を流しながら話を聞いている方もいました。避難所である体育館の中はとても重苦しい雰囲気でした。その中でも子供たちはとても元気で体を動かし、「遊びたい」と私に声をかけてきました。

震災から時間が経つにつれて支援の形も変わっていくのだと思いました。しかし医療支援で行っているのに医療支援以外のことを提案していいのか悩みましたが、その日の総括の際に提案しました。支援に来ている医師たちも賛成してくれて、翌日から子供たちとサッカーをしたり鬼ごっこをしたりという支援が加わりました。子供たちやその親たちも喜んでくれて私自身、とてもうれしかったです。

今回、支援に参加して感じたのは、被災地で皆が協力していることでした。

例えば避難所で水汲みをするときです。率先して若者が集まってきてバケツリレーをしていました。このように避難所ではたくさんの協力を見ました。

また、民医連に関しても、震災後にすぐに支援に駆けつけたり、たくさんの支援物資を届けたりしていることに、改めてすばらしい団体だと思いました。

「民医連の職員たちは、とてもチームワークがいい」と被災地で言われているようです。支援で来ていた方が何度も「民意連はひとつ!!」と叫んでいましたがそのとおりだと思いました。今回、民医連の職員として被災地支援に行けたことを誇りに思います。

もうひとつ、3月26日から現地入りした、いずみ診療所の高橋さんのレポート。

『胸が締め付けられるような気持ちに…』

いずみ診療所 高橋 透

いずみ診療所の待合室に掲示されている「震災ニュース」

第4次の支援として3月26日から29日に宮城県塩釜市の坂総合病院へ行ってきました。被災地は町全体が泥を被ったような状態で、かなり埃っぽかったです。海沿いでは船が陸に乗り上げていたり、道路の脇では車がひっくり返っていたり、電柱にぶつかったままの状態で乗り捨てられたりしていました。2週間以上たってもひどい状態です。

坂総合病院には、全国の仲間から支援があり、毎日何十人も来たり帰っていったりで入れ替わっています。その為、毎朝誰が何の支援に入るか壁に張り出されます。私はまず炊き出し係とされ、支援者のための炊き出し、休憩室でサンドイッチを作ることや皿洗いなどをしました。

次の日は避難所回りのチームに配属され、小学校や中学校の体育館などの避難所に行く事になりました。ペット同伴用の避難所もあり、いろいろな配慮が必要だなと感じます。避難所で具合の悪い方や薬が切れた方がいないか声をかけて回りましたが、皆さん避難所での生活が2週間以上、となりのプライバシーも守られずかなりの疲労感だと思います。

私のチームではずっと体を洗う事が出来ない人や爪を切っていない人が気になるという事で、坂総合病院でポリタンクにお湯を入れて持っていき避難所で足浴や体を拭いたり爪を切ったりのケアをする事にしました。泣いて喜ぶお年寄りなどもいて、こちらも胸が締め付けられるような気持ちでした。またチームによっては、「昼間自宅で瓦礫の処理などをして夕方に避難所へ戻ってくる人を診るようにしよう」と、夜遅くまで避難所で頑張っているチームもかなりありました。

普通の生活に戻るには大変長い道のりが必要だと思います。これからも支援の手を休めず、続けて行かなければと思います。

 

◎ パルシステム神奈川ゆめコープ 炊き出し隊の報告

支援第1弾の炊き出し隊が岩手県で活動しました

パルシステムグループが3月25日から27日までの3日間の日程で派遣した支援隊第1弾8名が、岩手県内での活動を終え、帰着しました。支援隊は陸前高田市でカレーの炊き出しを行いました。

☆ 陸前高田市でカレーの炊き出し

パルシステム山梨(4名)、パルシステム神奈川ゆめコープ(2名)、パルシステム千葉(2名)の職員で構成する支援隊第1弾は3月25日から27日までの3日間、配送用トラック4台で岩手県内の被災地へ派遣されました。

陸前高田市内の避難所でカレーの炊き出しを実施し、被災者のみなさんからたいへん喜ばれたとのことです。

支援隊は、トラックに炊き出し用の肉や下処理済み野菜、支援物資を積み込み出発し、同日夜に岩手県へ入りました。支援を受け入れたいわて生協本部では、現地の被害状況の確認や、翌日の炊き出し支援先などについて打合せを行いました。

☆ ガソリン切れの不安のなか無事帰着

炊き出しは26日に実施しました。支援先は、盛岡市に隣接する滝沢村のいわて生協本部から100km移動した陸前高田市の物資支援拠点です。 

現地はすべてが流され、既存の道もほとんどない場所でした。支援隊は道路地図も頼りにならないなか、避難所に到着しました。拠点は比較的被災の小さな民家を活用した場所で、周辺に避難しているみなさんが支援物資を受け取るために集まります。

支援隊はそこで、持ち込んだ食材や調理道具を使用し、寸胴4つで追加も含めておよそ500食分のカレーを作りました。炊き出しを口にした被災者のみなさんからは「あたたかい食事は初めて」という声も聞かれ、「おいしい」「ありがとう」との言葉を受けました。

☆ 元気な被災者のみなさんに感情おさえきれず

帰路ではガソリンの残量が不足し給油の心配もありましたが、夕方には無事いわて生協本部へ到着しました。その後の反省会では隊員がスクラムを組み、達成感から涙する職員もいました。翌日27日朝に岩手を出発し、同日夜にそれぞれの事業所へ帰着しました。

今回の炊き出し隊で隊長を務めたパルシステム千葉の原慎一郎人事教育部長は「みんなで『元気な顔を見せよう』と声を掛け合い出発しました。ところが被災者のみなさんのほうが元気で、健気で、炊き出し中に感情が抑えられなくなりました。被災地には大きな避難所に入れず、物資が行き届かないなか助け合っている小さなコミュニティがたくさんあることを実感しました」と話しました。

パルシステムグループでは今回の経験を生かし、引き続き被災地への支援に取り組んでいきます。

 

◎ インターネット上の震災に関する不確かな情報に注意してください 

警察庁のホームページから

インターネット上では、地震に関する誤った情報や不確かな情報の書込み、転送を呼び掛ける電子メール(チェーンメール)、義援金を装って金員を特定口座へ振り込むよう呼び掛ける書込み等が増加しています。

国民の皆様へ

東北地方太平洋沖地震に関し、チェーンメール・ミニブログ等で、誤った情報(デマ)が流れています。特に、不確かな情報でいたずらに人の不安をあおったり、人の善意につけ込み、金員をだまし取ろうとするような内容のものが増加しています。

不確かな情報を鵜呑みにしてあわてて行動せず、報道や行政機関のウェブサイト等の信頼できる情報源で真偽を確かめましょう。

また、不確かな情報の書込みや不確かな情報の転送はやめましょう。

※ チェーンメールについて

http://www.npa.go.jp/cybersafety/Mail/mail2.html 新しいウインドウが開きます

災害関連情報リンク集

http://www.e-gov.go.jp/link/disaster.html 新しいウインドウが開きます

 

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