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2011年3月23日 12時

東日本大震災対策ニュース <9号>

一人は万人のために、万人は一人のために

三陸沖を震源とするマグニチュード(M)9.0の巨大地震、引き続いて発生した大津波と未曾有の大災害で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 

3月22日12時現在、警察庁のまとめによる地震被害は、死者:9,079人、行方不明:1万2,645人、負傷者:2,633人、建物被害:12万8,007戸ですが、沿岸部を中心に壊滅的な状況に陥っている地域の集計が不可能に近く、報告が殆どないようです。

甚大な被害を受けた東北地方の太平洋沿岸部を中心に、21日9時現在で約34万9,400人が厳しい寒さのなかで避難所での窮乏生活を余儀なくされています。(宮城県約14万2,400人、福島県約13万1,700人、岩手県約4万7,400人など計15都県)

神奈川県内の震災による死者は4人、負傷者は127人、建物被害は8戸です。

 神奈川の各生協は、困難な状況のなかでも全力で通常事業継続に務めるとともに、全国の生協と連携を取りながら、現地支援派遣・物資輸送・支援募金の呼びかけなど被災地支援をすすめています。

災害の前では1人では何も出来ないが、人との繋がりが何よりも支えになり力になる!

◎医療生協かながわの現地レポート

3月14日に医療生協かながわの第1次支援隊(14〜17日)の責任者として現地入りした、齋藤介護福祉部長のレポートです。 

支援の手はまだまだ必要である!

少し、小高い場所に坂総合病院は位置し、12時間勤務2交代制の24時間体制を維持し、地域の救急受け入れの医療機関として機能していました。全国からの支援も多数入り、駐車場は様々の地域のナンバープレートで埋め尽くされていました。災害対策本部は2階に位置し、常にプロジェクターでテレビ映像が映し出され、様々な情報が掲示されていました。朝の8時30分と夕方17時に全体会議が開催され、現状の報告と確認、支援に入った県連が紹介されると一斉に大きな拍手が「民医連」が大きな「絆」で結ばれていることを実感しました。支援物資も順次仕分けされ、廊下に並んでいました。

支援先の坂総合病院

坂総合病院は救急指定の医療機関として入口にてトリアージされ、緑・黄・赤・黒にそれぞれ分けられ、各ブースで対応する動きになっており、一般外来(慢性疾患の処方)は近隣のクリニックにて行われていました。私たちは黄色ブース(島田)、赤ブース(倉崎・齋藤)に分かれて看護師としての業務と事務は「メッセンジャー」と総称され、血液等の検体を検査室に運んだり、家族から基礎データ(生年月日・住所等)を聞き出したり、入院が必要となった患者さんを病棟まで搬送したりすることが主な任務となりました。

◆倉崎・齋藤の主な動き

15日9時〜14時(赤ブース)、14時〜20時(休憩)、20時〜16日14時(赤ブース)

13時〜19時(休憩→被災地を歩く)、19時〜22時(赤ブース)、17日9時〜12時(被災地を歩く)

赤ブースでは支援中およそ30名の方が運ばれ、残念ながらその場で死亡確認がされた方が2名いらっしゃいました。震災発生から17日の正午まで103名の方が赤ブースに運ばれていました。主訴も時間が追うごとに変化し、発生当初は「低体温状態」の患者さんが多く、残念ながら亡くなられる方が多い状況から小児の「てんかん」やPTSD、避難所からの高齢者の「意識消失」等、職員の話によると疾患は日常の受け入れ状態に戻ってはいるが、明らかに震災が原因しての疾患であるとの言葉がありました。

全国からの支援者は支援者用に開放されたデイサービス室を利用し休憩や仮眠がとれる状態でした。17日午後1時に現地を出発し、福島の原発を気にしながら東北道を走り、午後7時30分に無事に戸塚診療所に到着しました。現地の任務は常に変化をすると思われます。これからは地域活動が中心になると思います。支援の手はまだまだ必要であることを実感し、帰路につきました。

 

◎神奈川北央医療生協の現地レポート

想像を絶する惨状・・・
被災者支援をもっと大きく

◆東日本大震災の被災地域への緊急支援として北央医療生協から福田(組織部)が医療生協かながわの部隊の緊急車両に合流して3/18〜21まで宮城県塩釜市と多賀城市の境に位置する宮城民医連の坂総合病院に行ってきました。

現地では「トリアージ(*災害時での救急外来での優先度の識別等)」の補助業務や避難所訪問をしてきました。大津波から1週間は経過したものの、現地では頻繁に救急車両が出入りし、救助されて以降に病状が急変して搬送される患者さんが続出していました。


◆救急患者さんがその場で息を引き取ってしまい、医師から死亡を告げられて泣き崩れる家族を目の前にした時には言葉を失いました。

しかし、落ち込んでいる間もなく次々と病院は患者さんが来院してきます。失う命もあれば新たに生まれる命もありました。臨月を迎えている妊婦が夜間に激しい陣痛となって搬送され、その後、明け方に女の子を無事出産したという報告に胸をなでおろしたりと、ほんのわずかの期間でしたが野戦病院となった坂総合病院スタッフの一員となってきました。

◆一方、今回の震災で家族、家や職場を一瞬のうちに失ってしまった被災者の方々が身を寄せている避難所や、かろうじて家屋の全壊を免れた方々が住む地域への訪問活動が始まっています。医師や看護師、薬剤師、その他技術系や事務系職員が組をつくって必要に応じて健康相談や診察、投薬などを行い、震災より続いている極度の緊張状態も限界となってきた被災者の方々へのフォローが急がれています。

 

全国各地から支援が続々。神奈川からも大勢の支援者。

◆坂総合病院には全国各地の民医連・医療生協の仲間から支援が寄せられてきています。救援物資を各々の車両につめこめ、医師・看護師をはじめ、技術系、事務系職員など延べ数百名もの支援者が精力的に支援活動に入っています。神奈川民医連からも川崎医療生協、医療生協かながわ、横福協、神奈川みなみ医療生協が緊急車両登録をした法人車で現地に大勢の職員を代表派遣してきています。


各事業所、職場で支援要員の「現地派遣(3日間〜7日間)」をもう一度検討してみましょう。

新聞、テレビなどで報道されている惨状を目の当たりにした時、私たちで今、何ができることなのか検討してみましょう。

 

震災カンパを更に集めよう! 3月22日現在 155,244円 

◆現在、各事業所窓口では、今回の震災救援募金箱が置かれていたり、各職場には救援カンパ袋が回覧されている事と思います。3/22現在、寄せられた募金総額は155,244円となっています。これからの復興支援は長期にわたるため、息長い取り組みが必要ですが、ともかく、今は救援募金カンパをたくさん集め、民医連や医療福祉生協連の窓口に寄せていきましょう。

◆私たち医療生協の仲間にも犠牲者が出ています。家族や親戚に死亡や行方不明者があったり、自宅が津波で流されてしまうなどの被害がありながらも、現地で患者さんのために必死になって奮闘しています。医療の仲間だけではありません。ちなみに毎度、ワカメ昆布などのカンパニア活動で大きな影響を持っている供給先のM水産の工場は宮城県気仙沼市にあり、まさに今回の震災地域の中にあり、大変な事態となっていることが予想されています。(*現在も連絡がついていません)

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